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静岡地方裁判所浜松支部 平成2年(ワ)323号 判決 1994年4月15日

原告

内山治

右訴訟代理人弁護士

石塚尚

辻慶典

被告

足立建設株式会社

右代表者代表取締役

足立秋雄

右訴訟代理人弁護士

鈴木俊二

主文

一  被告は、原告に対し金一三九二万三一〇五円及びこれに対する平成二年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一七三八万三六八九円及びこれに対する平成二年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員として、下水管埋設工事現場において深さ約三メートルの溝の中で作業に従事中、土砂が崩れ、傾いた軽量鋼矢板に挟まれるなどして負傷した原告が、被告の安全配慮義務違反を理由として損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告は土木請負業等を業とする会社であり、原告は被告の従業員として主として土木作業に従事していた。

2  原告は、昭和六二年一二月七日、浜北市小松地内の遠州鉄道小松駅東側道路の下水管埋設工事現場において、現場監督の指示に従い、幅約九〇センチメートル、深さ約三メートルの溝の底部に枕土台を並べる作業に従事中、軽量鋼矢板が傾き、挟まれる状態となり負傷した(本件事故)。

3  原告は、損害の填補として、被告からの支払分八〇万一五九二円及び労災保険給付金合計七二二万二三五四円の支払を受けた。

二  争点

1  被告の安全配慮義務違反の有無

2  損害額

第三争点に対する判断

一  争点1(安全配慮義務違反)について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば次の事実が認められる。

(1) 本件工事は、被告が浜北市から請負った同市公共下水道枝線管渠築造工事であり、長さ約三八〇メートルに渡り、幅約九〇センチメートル、深さ約二・五メートルないし二・九メートルの溝を掘り、下水管を埋設していく工事であった。工期は、昭和六二年九月から同六三年二月までで、掘削、下水管設置、埋め戻しの工程を順次繰り返し、本件事故までに総延長の約四分の三の工事が終了していた。

本件事故現場においては、溝の深さ約二・九メートルで、西側に隣接して遠州鉄道の線路が、本件工事の溝と平行に敷設されている。また、本件工事現場付近は、以前水道工事がなされ、深さ約一・二メートルまで掘削されたことがあった。

(2) 本件工事に従事したのは、現場監督鈴木卓郎以下五名の作業員で、そのうちの一名がユンボ(バケット掘削機)を操作して掘削し、原告は土留めの組立て、枕土台の据付け作業等に従事していた。

(3) 本件工事における掘削及び土留めの方法は、つぎのとおりである。

先ずユンボで溝の深さ一ないし一・五メートルまで掘り下げ、溝の上部に渡した鉄パイプからチェーンで木製腹起こし材を溝の両側に各二本吊り下げ、金属製切りばりサポートを取りつけ、溝の側面と腹起こしとの間に、幅約三〇センチメートル、通常長さ約三メートルの軽量鋼矢板(木製矢板が使われた場所もあったが、本件事故現場では軽量鋼製であったことに争いがない。)を溝の壁に沿って落とし込み、並べ、切りばりサポートのジャッキを延ばして、腹起こし材を溝の両側面に圧迫する。

その後、ユンボで二、三〇センチメートル掘り下げ、矢板の下の部分は、作業員が手掘りし、矢板の上を、ユンボのバケットで押さえるか、作業員が大ハンマーで叩いて矢板を下げる。溝の深さが二・九メートルになるまでこの作業を繰り返す。

右の掘削の過程で、当初の腹起こし材の位置を順次下げて行き、溝の深さが二・九メートルになったときには、腹起こし材を溝の底面から約一メートル及び約二メートルの高さに設置する。

以上で掘削作業は完了し、その後溝の底にまくら木を並べた上に下水管を設置する作業に入る。

(3)(ママ) 切りばりサポート設置後ユンボで更に掘削する際、ユンボのバケットが切りばりサポートに接触し、ずれることが時々あり、切りばりサポートの位置を直すことがあった。

(4) 本件事故現場付近において、事故前に最初の掘削の時、溝の壁面が崩れ落ち、ユンボで崩れ落ちた土砂をすくい出し、矢板を入れた後、崩れ落ちた部分のアスファルトをめくり、すくい出した土砂を矢板の外側に埋め戻すことがあった。

なお、原告はまさに本件事故現場において、右土砂崩れがあったと述べているが、その場所も十分特定されておらず、具体的でなく、(人証略)の供述と対比しても、原告の供述に依拠して、本件事故現場で右土砂崩れがあったとは認定できない。

(5) 本件事故直前掘削作業が終了し、原告は現場監督鈴木卓郎の指示で、まくら土台の据付けをしていたところ、矢板の間から土砂が崩れ、原告が立ち上がりざま、東側の矢板が西側に倒れかかり、東側の上段の腹起こし材を吊り下げていたチェーンがゆるむか切れるかして、腹起こし材が下がり、ヘルメットを着用していた原告の頭部が腹起こし材と矢板との間に挟まれ、原告の脛の半ばまで土砂に埋まった。

本件事故現場付近の溝の外にいた鈴木卓郎が、原告に倒れかかっていた矢板を押して、原告を開放し、上から手を差し延べて原告を引っ張り上げた。

2  以上の事実のほか、原告は、矢板が溝の下から約一メートル浮き上がった状態になっていた旨述べているが、(人証略)に照らすと、そのような明らかに危険な状態で作業がなされていたということには疑問があり、矢板が溝の底まで下げられていなかったとしても二、三〇センチメートル程度であると考えられる。

3  本件工事においては、被告は、土砂崩れの危険がある溝の中で従業員を作業させるに際し、土砂崩れを防止するに十分な土留め設備を施し、従業員の身体を保護すべき義務を負っていると認められる。前記認定の事実によれば、本件工事の通常の土留め工程自体には問題がないと認められるから、その工程が確実に履行されていれば、本件事故は発生していなかったはずである。そこで、本件事故現場における土留め作業の内容に何らかの手落ちがあったことが推測される。

被告は、原告が立ち上がる際、切りばりサポートを何らかの方法で突き上げ、矢板の一部を弛ませた可能性を主張するが、本件ではずれた上段の切りばりサポートの位置は、原告の居た溝の底面から約二メートルの高さにあったと認められるから、通常そのようなことはあり得ないと考えられる。

そうすると、原告が主張するように矢板が溝の底面まで十分押し下げられていなかったか、何らかの理由により切りばりサポートが緩んでいたか(ずれて腹起こし材への圧迫が不十分である場合を含む。)が一応検討の対象として考えられる。

前記のように、矢板が溝の底にから浮き上がっていたとしても、二、三〇センチメートルに過ぎないと認められるから、これが事故原因であるとは考えられない。

結局、切りばりサポートがずれるか、緩んでおり、十分腹起こし材を圧迫していなかった可能性が高いと考えられる。前記のようにユンボが切りばりサポートに接触することがあったのであるから、そのような事態はかなりの程度起こりうる。このように考えることは、(人証略)の事故原因に関する証言とも適合する。

4  ところで、原告は被告の安全配慮義務違反の事実について証明責任を負うものであるところ、本件工事においては、土留め設備が通常有するべき安全性を、本件事故現場においては有していなかったと認められるから、具体的な事故原因については、前記のような相当程度の可能性が証明されていれば足ると解するべきである。

そうすると、本件においては、被告において、本件事故が原告の行為により生じたことか、被告に過失がなかったことを証明しない以上、安全配慮義務違反の責を負い、本件事故による原告の損害につき賠償すべき責を負う。

二  争点2(損害額)について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六二年一二月七日から同六三年一月一六日まで(実通院日数二五日)浜北市内の中川外科医院に通院し、外傷性右顔面神経麻痺、右顎関節部打撲、頭部打撲等の治療を受け、昭和六二年一二月八日から同六三年一一月まで(実通院日数二〇日、同六三年三月以後は概ね月一回)及び平成二年二月及び六月に各一回浜松労災病院に通院し、頭部外傷後遺症、左眼黄班変性との診断治療を受け、昭和六三年九月二七日から平成元年一二月五日まで(実通院日数一五日。争いがない。)聖隷三方原病院に通院し、頭部外傷後遺症、左眼黄班変性との診断を受け、同年一一月一三日症状固定とされ、視力は右〇・一五、左〇・一であった。

(2) 浜松労働基準監督署から原告に対し、平成元年九月五日付けで、傷病等級に該当せず、治癒が見込まれるため傷病年金に移行しないとして傷病補償年金不支給決定通知がなされ、同年一一月一日付けで、同年六月二六日から、療養のため休業していたとは認められないとして療養・休業補償給付等不支給決定通知がなされた。

(3) 平成二年三月に浜松労災病院の医師による浜松労働基準監督署長に対する意見書によれば、頭部外傷後遺症については自覚的に頭痛、頭が鳴る感じ等の訴えがあるが、対症的な治療は今後不必要であり、後遺障害等級第一二級の一二に相当するとされ、左眼黄班変性等については、平成二年二月一六日診察による視力は、右〇・〇五、左〇・〇二で、眼底は左眼黄班部に軽度の変性所見が認められ、視野は右眼は異常なく、左眼に軽度(一〇ないし二〇パーセント)の求心性狭窄が認められ、視力低下が進行しているとされるが、後遺障害等級の参考意見としては、視力低下を裏付ける他覚所見に乏しいとされ、具体的な等級についての意見は付されていない。

(4) 平成二年七月二〇日付で、浜松労働基準監督署から原告に対し、保険給付、特別支給金の支給決定通知がなされ、後遺障害等級八級として障害一時金の給付がなされた。

原告は、本件事故以後は、物がちらついて見えたり、頭痛がするなどの症状が続いた。

(5) 原告は、平成元年一二月一五日から、浜松医科大学附属病院脳外科に通院し、投薬治療を受け、同二年五月一八日から、同病院精神科にも通院し、投薬治療を受け、平成三年二月八日から、同病院耳鼻科にも通院し、投薬等の治療を受けた。

原告は、平成五年四月一五日、聖隷三方原病院において、両眼中心性網膜症との診断を受け、視力は右〇・〇一、左〇・〇八とされ、同月一六日同浜松医科大学附属病院精神神経科において、神経症との診断を受け、同病院耳鼻科において、右耳難聴、耳鳴と診断されているが、これらの症状と本件事故との相当因果関係は証拠上明らかでない。

2  以上認定の事実に基づいて、原告の損害額について判断する。

(1) 治療費(自己負担分)(請求額三万六二八〇円) 二〇九〇円

(証拠略)によれば、原告が昭和六三年一一月一八日浜松労災病院に二〇九〇円を支払ったことが認められる。症状固定直後であり、従前の治療の継続分であるから本件事故と相当因果関係ある治療費支払と認められる。

(証拠略)によれば、原告が浜松医科大学附属病院に治療費を支払っていることが認められるが、症状固定以後の診療であり、同病院における診療の必要性を示す証拠もなく、本件事故と相当因果関係ある支払とは認められない。

(2) 傷害(通院)慰謝料(請求額一六〇万円) 一〇〇万円

前記認定の通院の期間及び程度を考慮すると一〇〇万円が相当である。

(3) 休業損害(請求額四九三万五〇〇〇円) 三四六万五〇〇〇円

(証拠略)及び原告本人によれば、原告の事故前の年間給与収入は二五五万五〇〇〇円(一日当たり七〇〇〇円)であるところ、(証拠略)、原告本人、被告代表者によれば、原告は、事故後一か月間位は自宅で休んでいたが、その後一年以内に車を運転するようになり、昭和六三年一〇月頃には、家の仕事(農業)として草取り、ハウスの修理等軽作業をしていると認められる。

そこで前記通院の程度にも鑑み、休業損害としては、本件事故の翌日から症状固定日まで七〇五日間のうち、当初の六か月間(一八〇日間)は、一日当たり七〇〇〇円を、その後の五二五日間については四割を控除した金額を認めるのが相当であるから、

七〇〇〇円×一八〇日+七〇〇〇円×〇・六×五二五日=三四六万五〇〇〇円となる。

(4) 後遺症慰謝料(原告の主張一三〇〇万円) 六六〇万円

前記後遺症の内容、程度に照らすと右金額が相当である。

(5) 後遺症逸失利益(原告の主張一六〇三万六五八五円)八八七万八三六九円

前記原告の後遺症によれば、労働能力喪失率は四五パーセントと認めるのが相当であり、症状固定時原告は五七歳であり、就労可能年数一〇年のライプニッツ係数により、原告の事故前の前記年収をもとに計算すると、

二五五万五〇〇〇円×七・七二二×〇・四五=八八七万八三六九円となる。

以上(1)ないし(5)合計一九九四万五四五九円

3  右合計金額から原告の自認する損害の填補額七二二万二三五四円を控除すると一二七二万三一〇五円である。

4  本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一二〇万円と認められるから、被告が原告に賠償すべき損害額の合計は、一三九二万三一〇五円である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村高弘)

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